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基地関連情報

金武町と米軍基地

金武町には、町土(37.76平方キロメートル)の約60%(22.45平方キロメートル)を占める米軍基地があります。

キャンプ・ハンセン、金武ブルー・ビーチ訓練場、金武レッド・ビーチ訓練場の3施設です。

このほか、航空自衛隊恩納分屯基地(0.16平方キロメートル)もキャンプ・ハンセンに隣接しています。

米軍基地の主要な部分は、1945年(昭和20年)の沖縄戦の最中に日本本土攻撃の前線基地として建設されました。
1945年の4月下旬には、中型飛行機が発着できる金武飛行場が現在のキャンプ・ハンセンに建設されています。
日本の降伏後、金武飛行場は一時放棄された時期もありましたが、1947年の夏頃から実弾射撃の訓練場として再び使用されました。
当時は、現在行われている陸上の実弾演習だけでなく、戦闘機からの爆撃、金武湾に停泊している艦船からの艦砲射撃なども実施されていました。

1952年(昭和27年)4月、対日講話条約が発効され「戦闘の継続としての占領」は一応終結し、日本は独立しますが、沖縄県は日本から分離され、米軍の全面的な支配下におかれました。
金武町の米軍基地は、朝鮮戦争(1950年~1953年)やベトナム戦争の激化した1960年代から1970年代に強化されていきます。

1972年(昭和47年)5月15日の祖国復帰に伴い、米軍政府の管理下から脱却しても基地の実態は変わらず、半世紀を越えて金武町には米軍基地が存在しつづけています。
現在、金武町には6千余人の米国海兵隊員が駐留し、米軍演習による騒音公害や環境破壊、軍人軍属による事件事故等がたびたび発生しています。
また、広大な土地の接収が、町の振興発展の阻害要因となっているほか、実戦さながらの訓練が教育環境に悪影響を及ぼすなど、さまざまな基地問題を抱えています。

このような状況を改善するため、本町では、国、県及び米軍の関係機関等と連携して演習被害の軽減、事件事故の未然防止、基地経済からの脱却を図っています。

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